第2回 神保町夜学

日時2024/7/29 19:00~20:45
ゲスト書物蔵 氏(古本収集家)
場所共立女子大学本館12階 1206教室

※発言者敬称略

▼冒頭挨拶【加藤】

  • 東京文化資源会議が2023年に立ち上げた「神保町の夜からはじめるプロジェクト」では、祝休日や夜が寂しい神保町をいかにして盛り上げるかを検討。夜学を月に1回開催している。今日のような猛暑日は夜学に適した日。
  • ゲスト講師として、ひじりばし博覧会2024にもご参加いただいたKさん(本日は「書物蔵」名義で参加)をお招きした。

▼ゲストスピーチ【書物蔵】

  • 表の顔としては、数年前まで某図書館に勤務。レファレンスの質問を受ける部門に長年在籍。出版物の歴史も得意。
  • 今回は古本コレクターとしてお呼びいただいた。以前は「書物蔵」というタイトルのブログを運営していたが、現在はX(旧Twitter)に移行。フォロワー数は約6,500人。
  • 1960年代生まれ。子どもの頃の趣味はプラモデル、アニメ、シュミレーション・ボードゲーム、軍事史等で、本を読むことも好きだった。当時の三省堂は鷹揚で、文庫本を一冊立ち読みで読み切ったこともある。江東区に住んでいたが、高校生の頃は新刊書店に行くくらいで神保町では三省堂よりも西側に行ったことがなかった。86年に大学に入り三省堂の向こう側にたくさん古本屋があることに驚いた。日露戦争や日中戦争の軍艦のフルスクラッチ(プラモデルの組み立てキットをメーカーが用意していない場合に自分で模型を作ること)にトライするため古い図面を探しに古本屋へ行ったのが最初で、『世界の艦船』のバックナンバーを購入したりした。絶版ブックのコレクションにもハマった。当時、古本趣味を始める人が必ず読んでいた紀田順一郎先生(書物評論家)の本等を読んでいた。
  • 紀田順一郎先生が『われ巷にて殺されん』で古本屋探偵ものというジャンルの小説を開発した。しばらく前にライトノベルで『ビブリア古書堂の事件手帖』という古本屋探偵ものが成功したが、この作品はその先祖のようなもの。戦前の古本コレクターだった斎藤昌三の弟子であり、国会図書館設立時の職員である稲村徹元から譲り受けた。私(書物蔵)が斎藤昌三の孫弟子を称するのは稲村さんからそういったものを貰っているから。
  • 大学時代の古本趣味は単行本集めが目的だったため、一通り集まったところで終了。その後、2005年からブログを始め古本趣味を再開。従来、図書館学の本とされていなかったもの等を収集。2007年10月、戦時読書会史料一式を6~7万円で購入。戦時中、日本の図書館は何もできなかったと言われているが、実は読書会運動が一生懸命なされていた。今は友人の金沢文圃閣店主に預け放しにしているが、それが私の買った一番高い古本。2000年代後半から古本の畸人たちと交流するようになり、古書会館の週末古書店には必ず行くようにしている。一箱古本市という文化運動を作った人の自宅へ遊びに行ったり、スメラ学塾運動(皇祖をシュメール人とする学説をもとに「日本世界史建設戦士の養成」を目的とする戦時中の政治・文化運動。原節子が在籍したり、残党が終戦時、北九州で独立抗戦しようとした)の専門家やいろいろな学問ジャンルの学説史に精通している古本マニアの方と仲良くなったりと楽しかった。仕事ではレファレンス部門へ異動になり、正式に書庫内で立ち読みや調べ物ができるようになった。
  • 最近、趣味で古本マニアの先祖を調べる研究を始め、『昭和前期蒐集家リスト 趣味人・在野研究者・学者4500人』というレファレンス本を同人誌で友人が作ってくれた。昭和10年前後の古本収集家がどのような人たちでどのような本を集めていたのかの全貌が分かるものだが、これを文学フリマで売ったところ飛ぶように売れて驚いた。
    →数冊だけネットで見つけて買うことができた。本当に知る人ぞ知るリスト。
    →収集家の6~7割は学者、図書館員、当時のサラリーマン(商社務めの裕福な人たち)、僧侶、郷土史家だった。
  • 一方、今夏のコミックマーケットに出す予定の『あったかもしれない大東亜図書館学』は奇天烈な主題なので「書物蔵」名義で出す。先の大戦時、日本の図書館学が部分的・瞬間的に世界一になったことがあるようで、読書会以外にもいろいろな活動を行なっていた。たとえば、日本はナチスの進んだ科学技術を入手するため、文部省が係員をベルリンへ出張させ、向こうから電信で科学技術の論文情報を送らせてガリ版(謄写板)に抄録を起こし、科学者たちがさらに知りたい部分を電信で知らせるというインターネットのようなことをしていた。こういうことが、古本を読むことで分かったりする。
  • 同じ古本でも先行文献がない世界に踏み出していったが、神保町の古書店街は私の古本大学といえる。

▼懇談会

  • 神保町回りを始めてから40年くらい経つと思うが、何か変わったことはあるか。
    →変なものを集めていたということもあるが、80~90年代にかけてはお店に飛び込まないと何も始まらなかったため、神保町の古本屋を端から端まで順番に入って行った。集め方が変わったからかもしれないが、今は古書会館と東京堂書店を見てという感じでピンポイント化している。
  • 変わらないのは、古本を見ながらぶらぶら歩きをする楽しさ。ただ、歩いている人たちがかなり変わった。2000年代後半から散歩で来るカップルが増えた気がする。
  • 今の時代、古本も在庫検索やネットでの購入ができるようになったが、神保町に古本屋があるメリットをどう考えるか。
    →メリットはあると思う。検索も、こちらに検索語がないと何も出てこない。私の場合、古本屋そのものというよりは古書会館の週末古書展になるが、見たことも聞いたこともない本を見つける驚きはリアルな売り場でないと体験できない気がする。
    たとえば、コレクターの斎藤昌三の弟子に稲村徹元という人がいたので、名字から高円寺の古書会館で偶然、稲村耕雄という戦時中の人の本を手に取ったところ、十進分類法を使えば日本の軍事力をアップできると書かれていた。日本の図書館業界の人は図書館が栄えると日本が平和になると考えがちだが、私は軍事技術に役立つ面もあったはずだと思っていたため、実際に当時そう主張していた人がいたことに非常に驚いた。古本屋では、こういう、合理的な検索ではなかなか出てこないものが見つかるメリットがあると思う。
  • 若い頃は、日本古書通信が出していた『全国古本屋地図』を使って神保町の古書店や関東圏にある主要駅の古本屋を一通り回った。
    →土地柄によってジャンルや穴場も異なるのか。
    →古本は土地で産出するもののため、傾向も値段の付け方も異なる。京都の下鴨神社で開催される夏の古本市には毎年行くようにしているが、学生がよく来ている。人文社会系の学問を学ぶ際にはすごく有利。同じようなものが東京にもあるといい。
  • 佐藤卓己先生と古本市で待ち合わせをして自宅で美味しい井戸水をご馳走になった際、初めは手前の座敷に案内されて新書本を1冊貰ったのだが、一緒にいた古本マニアの知り合いが非常に物知りで、先生の研究に関わる細かい話を120%打ち返しているうちに奥の部屋へ通されてもっと良い本を貰った。同じようなランクアップの経験が新聞コレクターとの付き合いでもあった。最初は食堂のような場所で話をしていたが、こちらがいろいろな細かい話をすると、次にコレクタールームに案内され様々なものを見せてもらった。学者もコレクターも似ているところがあり、最初はジャブを打ってくる。ある程度知っている、あるいは相手よりも知っていると、奥の方へと案内してもらえる。不思議な感覚。
  • ランクアップ体験の話があったが、古本屋回りを40年近くやっているとお店に入ってどこに目をやるだとか、良いものがありそうという嗅覚や身体感覚がレベルアップするのか。
    →アップする。本はタイトルではなく柄で見るようになる。形はどれもだいたい四角形をしているが、ブックデザインはそれぞれ異なるため遠くからでも自分が見たことがあるものかどうかが分かる。あるジャンルの棚の前に立ち、「自分が見たことのないものがあるか」という目で見ると、新しい古本に自然に手が伸びるということがある。絵葉書のような紙物は、レコードコレクターがやるように一枚ずつめくるしかない。一時期、図書館絵葉書を集めていたことがあり、「そんなものはない」と業者に言われたが、戦前の公的な建物は必ず記念アルバムの代わりに写真絵葉書を出していたため、3,000枚くらい集まった。他にも本屋の絵葉書や読書絵葉書(読書している風景の絵葉書や小学生の林間読書風景の写真等)を集めている。
  • 国会図書館の書庫の出納手が利用者の提出した資料請求票(call slip)を手品のように操るのと、絵葉書を扱うのはほぼ同じ作業。請求票はカード目録と同じ規格で、アメリカの古い葉書のサイズがそうだった。コンピューターのない時代、情報を合理的に処理するデータプロセッシングの基本はカードだった。日本におけるカードの歴史を調べたところ、かなり初期の段階で郵便局が郵便貯金の登録に使っていた。さらに調べたところ、帝国図書館で本のデータをカードで管理したのが日本では先とが分かった。当時のカードは今の大きさの下半分くらいしかなく、それが日本で初めてデータプロセッシングにカードを使った事例のようだが歴史研究はされていない。個人の本棚の歴史研究もなく、私こと書物蔵が書いた『近代日本<本棚>史:本箱発、円本経由、スチール行き、そしてみかん箱』がほぼ初めてのようだ。
  • 戦前は組み立て書架や板の本棚がデフォルトだった。1959年に丸善がスチールの書架を開発するも、すぐに廉価版に駆逐されてしまった。今のメーカーに聞いても昔のことは分からないようだ。
    →最近、文化技術という概念で、ファイルシステムや情報処理等のインフラになっている当たり前の技術をきちんと研究し始めている。
    →ドイツ語で『カード処理の歴史』が10年前くらいに出版された。それを誰か翻訳してくれないかと思っている。
    →最近、『索引 ~の歴史 書物史を変えた大発明』というインデックスの歴史の本が出た。
  • 神保町をテーマにした写真展で、神保町で学生が本を読んでいる写真を展示しようと思っている。
    →ぜひやっていただきたい。立ち読みの写真をいろいろ探したが、意外にない。
    →古本屋で立ち読みしている写真を撮るのもいいかもしれない。
    →レジュメに載せているのは昭和2~3年頃の東京堂の立ち読み風景だが、本屋の店頭には大抵、その時売り出し中の本が展示されているため、それを分析するとその写真が撮られた時期を特定できる。座って読むと「立ち読み」にならないのではないかという説もあるが、昭和30年代の「立ち読み」のフォトライブラリーでも、7~8人いる子どもたちの中で立っているのは1人だけ。つまり、日本人の「立ち読み」の概念にとっては、立っていることにあまり意味はない。写真を資料として使うのは難しいが、読書の歴史に関しては使いやすい気がする。
  • 先日、初期の日本の自撮り(セルフィー)らしきガラス乾板をアメリカ人が購入してSNSにアップし、それを日本人が引用したらものすごく話題になった。アメリカ人はガラス乾板だから1920年代ではないかと言っていたが、私がそれを見て考証を加えたところ、1930年代の大田区のある光学メーカーに勤めている人であることが分かった。
  • 自宅の書庫の分類はどんな感じか。
    →レファレンス担当になる前は、6年間、本を読んで分類番号をつける業務に就いていた。全ての本に分類番号を付けることができるようになったため、NDC(日本十進分類法)順に自宅の本も並べている。レファレンスコレクションなので、「あれあったな」という時にパッと取れないといけない。そうなると、それ以外の方法だと難しい。
  • カードの歴史の話が出たが、普段の情報ストックは現在も紙ベースでしているのか。それともデータ化しているのか。
    →併用している。紙系は、お金がなかった大学時代にA4が入る封筒の上部を切り、そこにキーワードを付けてあいうえお順やアルファベット順に並べていた(山根式袋ファイルシステム)。今はクリアフォルダにキーワードを3文字くらい書いて並べている。
  • パソコンの中では、キーワードごとに最初のローマ字2つをキーワードの前に付けてアルファベット順に並べている。アルファベットの最初の2文字ですぐそこにいけるよう、できるだけ階層化しないようにしている。
    →そういうノウハウ本を出版する予定はあるか。
    →出版してもいいが、みんなどう管理しているのか不思議。誰か実態調査をしてくれないかと思っている。
    →有名著作者の本棚紹介等はあるが、フォルダー構成も見てみたい。
    →『絶景本棚』という本棚の写真集が出版されているが、書物蔵が3冊目の表紙になっている。個人がパソコンの中でどう配分をしているのかは90年代から興味があったが、そういった研究をしている人はいないようだ。
    →ブラックボックスだし、そういうものが技術的に継承されているわけでもないので、いないのではないか。
    →図書館情報学ではファイリングもノウハウとしてあったが、80年代に入るとなくなってしまった。日本人がどう工夫をしようとして失敗してきたのかは興味がある。
  • 私も関係する『近代出版研究』の次号は紀田順一郎特集。紀田先生は一評論家として活動されてきたため学界ではあまり評価されていないが、日本語処理の歴史等も研究されていて、ジャストシステムが絶好調だった時に4冊の総カラー刷りの図鑑を出している。さすが荒俣宏の兄弟子だなと思う。
  • 古書好きコミュニティーは、どのように作られてどのように変わってきているのか。以前のイベントで、本好きはあまり自分が集めた本を周りに見せないというお話があったが、どのようにコミュニケーションしているのか興味がある。
    →段階はあるが、仲良くなると話をしたくなる。大学の恩師とも、付き合いは1990年頃からあったが、古本合戦と称して家に呼ばれるようになったのは2005年くらいから。自分は高い本は買わない。数千円から数万円の世界なので中身勝負。買った本を見せ合って自慢話をしたり、絶版になった建築史研究法のハンドブックの著者に直接会いに行って貰ってきた苦労話等をしたりする。
    →苦労話といえば、地図室にいたこともあるので、昭和40年代にいなくなってしまった読書運動家、堀内庸村の親族に会うため、昭和40年代の住宅地図を見て手紙を出した。向こう3軒両隣で同じ苗字の家があれば「堀内さん一家のその後はご存知ないですか」と。5通くらい出したら1通だけ返ってきて連絡が取れるようになり戦争中の写真を見せてもらったということもあった。
  • 今まで金額が高すぎて断念した本はあるか。
    →それもあるが、神保町の週末古書店で政治読書運動の本を購入した際、出店していた古本屋さんから「同じところから出てきた他のゴミがあるけれど1万円で買わないか」と声をかけられ、その時は断ってしまったが、後から考えたら買うべきだった。結局、そのゴミにどういう価値があるかは最終的には古本屋さんにも分からない。満州国の国立図書館の準備室にいて、戦後帰国して国会図書館に入館した人のゴミだったらかなり役に立ったはず。惜しいことをしたと後で思った。
  • これからはある種のゴミ、エフェメラ(一過性資料)が重要になってくるのではないかと思っている。本になったものは各国の国立図書館がデジタル化するため、アクセスしようと思えばだいたいできるが、一枚刷りのチラシはそうはいかない。たとえば、書物蔵ってよく分からないけれど一度どこかで発表したみたいだよという時に、そのチラシが残っていれば、書物蔵のデータと誰かのデータがそっくりだということになれば95%くらいの確率で同じ人物ではないかという話になる。エフェメラはデジタル化で扱いやすくなったし、これから流行るのではないか。
    →扱いやすいものと、あまりにも対象が増えてしまったものと両方ある。
    →OCR(光学文字認識技術)で何とかならないか。
    →紙だとエフェメラという概念が適用できたが、デジタルの世界では境目がよく分からなくなっている。
  • 書物蔵氏の恩師がもともと文化人類学の専攻だったということは初めて知ったが、文化人類学は民族史を作る上で分類ということと非常に関わりがある学問だと思った。 
    →恩師と仲良くなったのは2005年以降。由良君美というおもしろい先生がいたみたいですねと古本合戦の時に言ったところ、「僕、由良ゼミだよ」という話になった。この夜学のようにお茶を飲みながらゼミをやる感じの人だったようで、おもしろい人が大学にいた時代があったのだなと思った。
  • 図書館情報学はおもしろい学問だとは思うが、基本的にはアメリカでしか栄えていない。ドイツで戦前に少し流行ったが、ドイツ流の図書館学とライブラリーサイエンスとは少し違うようだ。比較ができるとおもしろいと思うが、日本の場合には占領期にしか流行らなかった。
  • 戦争中の大東亜図書館学もある種の真空状態。政治学でもそういう現象があったようだが、世界の学問の趨勢から切り離された形になった。それまで西洋の進んだ学問を入れるのが帝大の教授の役割だったが、それが出来なくなった時に仕方がないから目の前の日本の現実を分析しようと始めたようだ。結局止まってしまったが、図書館学にもそういう不思議な進化があった。
  • 同人誌『あったかもしれない大東亜図書館学 ガラパゴス的日本主義図書館学の形成』(著:書物蔵、解説:小林昌樹)は100部しか刷らない。余ったものは通販するため、興味があればそちらで購入してほしい。
  • 大学の先生方も研究するにあたり本を買うと思うが、古書マニアが本を集める方法とどう異なるのか。
    →無意味なゴミのようなものも集める点が異なる。大学の先生方が集めるのは役に立つもの、あるいは事務方に申し開きがたつものにどうしてもなってしまうのでは。「自分でもよく分からないけれど、何となくインパクトがあったので10万円を出して買った」とは言いづらいのではないか。ただ、金額はともかく思わぬ発見が古本市にはある気がしていて、そういうのが本当は制度化できるといいと思う。
  • 同人誌は古書と同じか。両者の関係性は。
    →同人誌は、従来の古書業界ではほぼ商売の対象にならない。同人誌を扱うのはサブカル系の専門店になるが、メインは漫画等。情報系や評論系は基本的には商売の対象にならないと考えるべきだと思う。
    →古書は研究の出典にできるが同人誌の場合はそれが難しい。ただ、オタク文化を研究したい学生が使える情報が一番まとまっているのは同人誌だったりする。これをどう扱うかがよく分かっていない。
    →法律上は、同人誌も国会図書館に納めないといけない。ただ、それに違反したとして過料が適用されたことは一度もない。同人誌をどのように知の体系に組み込んでいくかはこれからの課題。評論系も含めて同人誌のメタデータ(目録)を一番持っていたのはアメリカ人が運営していたサイトだったが、趣味でやっていたため、飽きたからと止めてしまった。日本の文化のためにはそのデータを引き継いで参照できるようにした方がいいと思う。
  • 書物蔵さんが国会図書館長だったら、国会図書館をどうするか。
    →メインカルチャーと同程度にサブカルチャーへも力を入れるよう進言するかもしれない。国会図書館分類にはY分類というデータ作成を簡易化するジャンル(漫画や児童書等)がある。たしかに合理的な部分はあるが、漫画に関しては本流と同じくらいのデータを取る等その扱いを変えたい。手の抜き方についても、データを作る際に著者の名前(固有の読み)や生没年は同時代でないと調べられないため全て取るが、一方で分類番号は本が残っていれば100年後でも付けられる。もし今の人員ではデータが全て作れないのであれば、ある種のものは見せないとする等、政策論を保存や整理等の理屈セットでやるべきだと思う。結局、大きな組織では現場と政策が乖離してしまう。本当は資源の付け替えをしないといけないが、付け替えと政策の変更がうまくいっていないように感じる。政策変更のやり方自体を考えるかもしれない。国会図書会論も考えてはいるのでそのうち何かにまとめたいと思っている。
    昭和23年に国会図書館を作った際、アメリカの一流図書館員に業務設計をプログラミングしてもらい、5年かけてそのとおりに行なった。問題は、何をやっているのかは説明できるが、どうしてやっているのかを説明できない組織になってしまったこと。50年間はそれで持ったが、今は組み換えが上手くいかなくなっているところがある。

▼次回に向けて

  • 第3回を9月4日(水)、同じ時間・場所で開催。ゲストは、ほぼ日刊イトイ新聞編集者の奥野武範氏。奥野氏は様々な方へインタビューをしているが、そのどれを読んでも相手の考えをうまく引き出すインタビューをされている。
  • この夜学は、東京文化資源会議の一プロジェクトの一環として開催。現在、観光庁の補助金で神保町の来街者調査を実施中(来街者のインタビュー、KDDIのデータとGPSとを連動させた人流分析、神田古書店連盟(実質は神保町古書店)へのアンケート調査(19店の返信あり))。20店舗程ピックアップして定性的な分析をするために話を聞いている。パイロット事業として夜のガイドツアーを企画する他、オンラインの本紹介も行なおうと考えている。
  • 神保町初心者を誘い、ファンを増やしていきたいと思っているので、ぜひ皆さんからのお声かけをお願いしたい。Xやインスタ等でも告知をしていただきたい。

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